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沈壽官が家族に乾杯で紹介され、沈壽官窯と陶芸家沈壽官が注目された!

沈壽官 家族に乾杯 芸術

沈壽官が「家族に乾杯」で紹介されました。

今回は2回目です。
1回目の放送で、鶴瓶との奇跡の遭遇があり、沈壽官窯と陶芸家沈壽官が注目されました!

今回は再放送では、父のあとを引き継ぎ沈壽官15代として活躍されている息子さんのお話が聞けました。

沈壽官は薩摩焼を始めた創始者です。
現在は15代沈壽官が沈壽官窯を守っておられます。

そこで、こちらでは沈壽官について、
・沈壽官 家族に乾杯に出演
・日曜美術館 沈壽官
・陶芸家沈壽官とは?
を調査していきます。

また、この記事の後半では、
沈壽官についての動画を掲載しています。
ぜひ、合わせてチェックしてみてくださいね。

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沈壽官 家族に乾杯に出演

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番組のお知らせ NHK 総合「鶴瓶の家族に乾杯」 7月13日(月)午後7:30〜午後8:42 十五代沈壽官がリモートで出演します。 ぜひご覧ください。 以下NHKホームページより 鶴瓶の家族に乾杯「2020特別編 林家たい平と鹿児島スペシャル」 海のない埼玉県出身の林家たい平は、2017年、鹿児島県いちき串木野市でぶっつけ本番旅に挑戦した。干物屋さんに船具屋さん、漁師町ならではの出会い、そして海岸で夕日を撮影していた女子高校生との出会い。あれから3年、かつて出会った皆さんは今?また、鶴瓶が12年前に出会った出水市の焼酎蔵の家族と中継を結ぶ。さらに、日置市で偶然出会った十四代 沈壽官さんとの貴重な対談も!司馬遼太郎さんとの秘話が明らかに… #沈壽官窯 #沈壽官 #鹿児島 #kagoshima #japan #日置市 #美山 #苗代川 #窯元 #pottery #satsuma #器 #器好き #伝統工芸 #CHINJUKAN #陶芸 #satsumayaki #satsumaware #薩摩焼 #薩摩焼き #苗代川焼 #鹿児島観光 #NHK

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沈壽官がテレビ番組の「家族に乾杯」に出演したのは2008年10月。

そのときの15代のブログがこちら 15代日記 | 2008年10月26日

NHK『鶴瓶の家族に乾杯』が放映された。
27日も二部がある。
疑う人もいると思うが、これは本当に突然。
事前の打合せは全く無かった。
僕は来月号の家庭画報の取材(お正月特集)の準備で忙殺されていた。
そんな中で三州倶楽部の会合に間に合う様にお昼に家を出たのだが、入れ違いに鶴瓶さんが『トイレ貸して…』と来られたらしい。
事務所からメールが入ったが最早仕方ない。
幸い親父が店に居てくれて助かった。
さすがの鶴瓶さんも十四代には参っただろう(笑)
タレント性では決して引けを取らない。鶴瓶さんの土手っ腹に食らい付いて一時間半。
後でNHKの亀山局長から電話があって、『沈さん家に行ったんだって?日置地区に入っのは知ってたけど…。いや〜申し訳ない(笑)』てな感じ。
二部は後取材で僕と息子二人も登場する。請うご期待。
女性の井上ディレクターから『スタジオの鶴瓶さんに、鹿児島弁で「又来てねぇ〜」って言って下さい』とのリクエストで『鶴瓶さん、又、おさいじゃったもんせ〜』がラストである。

「鶴瓶の家族に乾杯」を見ていたら14代沈壽官さんが出て来られてびっくりです。
普通、「鶴瓶の家族に乾杯」には著名人は出ないはずなんです。

約40年前、鶴瓶さんと同様突然沈家を訪問した司馬遼太郎さんはその取材をもとに「故郷忘じがたく候」を書かれました。

「故郷忘じがたく候」の中にあるエピソードですが、14代沈壽官さんは、伝統に縛られるより自分の個性を出した陶芸作品を作りたいと、父である13代に願い出たそうですが、許してもらえなかったそうです。
その、14代の息子さんが今では15代当主となり、沈壽官窯は芸術としての評価も世界的になりました。

そして、200年7月に鶴瓶の家族に乾杯「2020特別編 林家たい平と鹿児島スペシャル」が放映されました。

放送後の、15代のブログが楽しみです。
14代沈壽官さんの懐かしい話や、15代としての忙しい日々の話などお聞きしたいですね。

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日曜美術館 沈壽官

 

NHK日曜美術館「薩摩焼400年」(2011年1月16日放送)から

薩摩焼は朝鮮半島の白磁を源流とする焼き物で、始祖とされる沈壽官は豊臣秀吉の朝鮮侵攻の際連れてこられた陶工でした。

代々受け継がれた沈壽官は15代目で、薩摩焼の製作をリードされています。

乳白色の美しさは薩摩焼の魅力です。
しかし、透かし彫りや浮彫などの高度な技術も用いられており、その制作風景が放映されました。

初代沈壽官となる沈当吉の良土探しの旅は26年に及びました。
やっと指宿の東方に白磁向けのカオリンの白土を、南さつまの笠沙に混ぜる原料を見出し、「白薩摩」の誕生となったそうです。

土を見つけるだけで26年の歳月を費やしたとは、本当に驚きました。
あきらめなかったんですね。

江戸時代の間、薩摩焼は薩摩藩の保護下にありましたが、明治維新で援助を打ち切られ、大きな危機を迎えたそうです。

また、陶器の仏像も制作しており、湯之元温泉の泉源神社には12代目の焼いた仏像が収められているそうです。

現在は15代目が活躍されています。

また、沈壽官窯内には資料館「沈家伝世品収蔵館」があります。
貴重な作品などが展示されているんでしょうね。拝見したいです。

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陶芸家沈壽官とは?

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沈家伝世品収蔵庫 薩摩大花瓶・大香炉 絵付け前の素地。 この上に東洋趣味を強く押し出した花鳥風月や人物が金彩を多用しながら豪華に絵付けされ、輸出されていきました。 一つ一つの作品とそれらが生きた時代背景とを併せて思い浮かべる時、物言わぬ作品たちが実に雄弁に語り始めます。 Chin ancestry tradition storehouse Satsuma large vase・Large incense burner The base before painting. Oriental base hobbies such as flowers and birds were gorgeously painted and exported on this base, using lots of gold. When you think of each piece together with the background of the times when they lived, the silent works begin to speak eloquently. #沈壽官窯 #沈壽官 #鹿児島 #kagoshima #japan #日置市 #美山 #窯元 #pottery #satsuma #器 #器好き #伝統工芸 #CHINJUKAN #陶芸 #satsumayaki #satsumaware #薩摩焼 #薩摩焼き #鹿児島観光 #白薩摩 #美術館 #museum

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初代の沈壽官を連れてきたのは、朝鮮侵攻に参加した島津義弘でした。
島津義弘は陶工約80名を1598年薩摩に連行し、朝鮮の香り漂う白磁を自国内の土で生産させようとしたそうです。関ヶ原で西軍に与した義弘の幕府への謝罪政策の一環ともいわれています。

なんだか、申し訳ない気持ちになりますね。
初代の沈壽官は、無理やりに日本に連れてこられて、望郷の念は深かったでしょう。
その後、現代の15代沈壽官まで、日本の地で薩摩焼を継承してきたのですね。

 

 

素晴らしい薩摩焼は朝鮮の方の技や力で作られたものです。
現代の15代も、早稲田大学を卒業後、いろいろなところで修業され、14代が存命中に15代を継承されました。

今は継承20年ということで、ますますご活躍の様子です。

 

まとめ

さて、ここまで沈壽官について
・沈壽官 家族に乾杯に出演
・沈壽官窯とは?
・陶芸家沈壽官とは?
について調査してきました。
いかがでしたでしょうか?

素晴らしい薩摩焼は朝鮮の方の技や力で作られたものだったんですね。
鹿児島へ旅行した時に、おみやげ屋さんに薩摩焼のカップなどが並んでいました。
高価な白薩摩の壺や香炉はかえませんが、マグカップくらいなら何とかなりそうです。

沈壽官窯へ見学に行きたいですね。
本物の白薩摩の透かし彫りが観てみたいです。

 

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