中田崇志(伴走者)の経歴(高校・大学・職場・成績)と高橋勇市選手の伴走!

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中田崇志 経歴 スポーツ

陸上競技で、目が見えない競技者と一緒に走り、サポートをする人を伴走者といいます。

目が見えない人がマラソンをしたり、競技場のトラックを全力で走ったりするのを見ると、すごいなぁと感心します。

それを支えて、一緒に走る人って、メチャメチャすごいと思いました。
伴走者自身が、そこそこのスピードが出せる競技者でなければならないからです。

中田崇志さんは、目の不自由なランナーと一緒に走る伴走者です。

中田崇志さんは視覚に障害があるランナーを、どう安全に走らせるかを考え、伴走者として障害者と一緒に走り、さらに勝つことを目標にされています。

中田崇志さんは単に一緒に走るのではなく、パラリンピックを目指す方と一緒に、メダルを獲るということを目標にされています。
勝つことに、こだわりを持っておられます。

 

そこで、こちらでは中田崇志さんについて、
・中田崇志(伴走者)の経歴(高校・大学・職場・成績)を調査
・高橋勇市選手の伴走!
・和田伸也選手の伴走!
を調査していきます。

また、この記事の後半では、
中田崇志さんについての動画を掲載しています。
ぜひ、合わせてチェックしてみてくださいね。

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中田崇志(伴走者)の経歴(高校・大学・職場・成績)を調査

中田崇志 経歴

 

中田崇志さんは現在、目の不自由なランナーと一緒に走ってサポートを続けておられますが、彼自身も学生時代はずっと陸上競技をやっておられました。

中学時代に陸上競技を始め、都立西高、東京学芸大学時代には、陸上の長距離選手として活躍されました。

大学4年生の時には、全日本インカレの3000メートル障害で7位入賞。
社会人1年目にはニューイヤー駅伝にも出場されています。

大学卒業後も陸上を続け、2003年から伴走に取り組まれています。

2004年のアテネパラリンピックでは、マラソンの高橋勇一選手と一緒に走って金メダル。
2012年のロンドンパラリンピックでは、5000メートルの和田伸也選手の伴走で、銅メダル獲得に貢献しました。
リオデジャネイロパラリンピックでも、出場3種目で選手の入賞に貢献しました。

そして、スポーツ庁から「文部科学大臣表彰」を授与されています。

 

中田崇志 経歴

中田崇志さんのプロフィール

生年月日:1979年10月23日
年齢:41歳
出身地:宮城県仙台市
高校:東京都立西高等学校
大学:東京学芸大学(教育学部)
所属:株式会社NTTデータ、マラソン完走クラブ

伴走者とは?

伴走者に資格は必要ありません。
マラソンが好きであれば誰でも伴走をすることができます。

伴走初心者が初めて伴走ロープを持って走るとき、視覚障碍者の選手は伴走の方に合わせて、腕振りをしてくれるそうです。

伴走ロープを握って、視覚障碍者をリードしながら走るなんて、すごく難しそうじゃありませんか。
でも、ちゃんと腕振りを合わせてくれるんですね。
そして、慣れてきたら少しずつ、今度は伴走者が視覚障害者に腕振りを合わせて、二人で走ります。

心を合わせて走ること、お互いを信頼することが結果に繋がると、中田崇志さんはおっしゃいます。

 

伴走者は視覚障害者をリードするわけですから、日ごろからトレーニングを積んで、しっかり走り切れないと務まりませんよね。

もちろん伴走は仕事ではないので、普段は普通に仕事をしながら、夜にトレーニングをしたりするそうです。
そして、週末など、選手のところへ出向いたり、合宿したりして一緒に走ります。

視覚障害者と共に結果を出すために、たいへんな努力をされています。

 

中田崇志さんの伴走レースの結果

● アテネパラリンピック
高橋勇市選手の伴走・・・金メダル(マラソン)

● ロンドンパラリンピック
和田伸也選手の伴走・・・銅メダル(5000M)

● リオデジャネイロパラリンピック
和田伸也選手の伴走・・・5位(マラソン)

他にも、世界選手権やワールドカップで金メダルや銀メダル、銅メダルを獲得されています。

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高橋勇市選手の伴走!

中田崇志 経歴

出典:zakzak

中田崇志さんが伴走を始めたきっかけは、高橋勇市さんが伴走者を求めているという記事を、2003年に月刊誌で読んだことでした。

高橋勇市選手は、2004年に中田崇志さんと共にアテネパラリンピックに出場し、マラソンにて優勝しています。
そして2006年の世界選手権も制覇しています。

中田崇志さんの伴走に関する考え方は特異なものです。
視覚障害者ランナーを支えるというより、「分業を敷いて勝利を目指す」と捉えているそうです。

練習メニューの組み立て、レース展開の予測と戦略、ライバルとの駆け引きは中田崇志さんが受け持ち、選手は走ることに徹します。

 

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和田伸也選手の伴走!

中田崇志 経歴

出典:パラサボWEB

 

ロンドンパラリンピックでは、和田伸也選手と共に出場し、長距離立位初となるメダル(3位)を獲得。

中田崇志さんは2012年のロンドンパラリンピックでは、5000メートルで和田伸也選手の伴走をして、銅メダル獲得に貢献しました。

これには、中田崇志さんによる声掛けが貢献しています。
視覚障がい者ランナーの伴走者は選手にコースの曲がり具合、起伏、前後の状況などを絶えず伝え続けます。

このとき、伴走者である中田崇志さんは、単にコースの説明を伝えるだけでなく、ドラマ仕立ての言葉で選手を鼓舞するかと思えば、声掛けを駆け引きとして使い、ライバルを揺さぶります。

「こう言ったら周りがどう反応するかを考えながら声掛けをする」と中田崇志さんは言います。

和田伸也選手を伴走して銅メダルを獲得した2012年ロンドンパラリンピックでは、中田崇志さんはスタートとともに「ゴー、ゴー、ゴー」と声を張り上げ、さもスタートダッシュするような芝居をうちました。

大音声に欺かれたライバルは序盤から無駄に脚を使い、後方で力を温存した和田伸也選手は3位に食い込んだそうです。

声掛けを駆け引きに利用し、時にライバルを欺く。
なぜそこまでするのか、と問われ、中田崇志さんはこうおっしゃいます。

「伴走は黒子と思われているけれど、僕は単に視覚障害者を支えているわけではない。競技者として一緒に勝負する。和田さんを勝たせたいし、僕も勝ちたい」

障害者とフラットな立場でチームを組み、同じ目標に向かうんだそうです。

 

中田崇志 経歴

出典:品川区HP

中田崇志さんが冷徹になってメダルにこだわるのは、2004年アテネパラリンピックで金メダルを取った高橋勇市さんのその後を見ているからです。

高橋勇市さんは全国を巡り、子どもたちにメダルに触れてもらっています。
メダルを首からさげるリボンはボロボロになっています。

「みんなに喜んでもらえるのはメダルを取ったからこそなんです」

だから、和田伸也選手にも、メダルを獲って欲しかったんだそうです。
2012年、ロンドンパラリンピックで和田伸也選手は銅メダルを手にしています。

 

視覚障がい者マラソンに欠かすことのできない存在「伴走者」。日本第一人者・中田崇志さんが登場。縁の下の力持ちである「伴走者」という競技者にも注目したい。

 

【特別ゲスト】東京パラリンピックへ和田伸也選手と対談!!

 

まとめ

さて、ここまで中田崇志さんについて
・中田崇志(伴走者)の経歴(高校・大学・職場・成績)を調査
・高橋勇市選手の伴走!
・和田伸也選手の伴走!
について調査してきました。
いかがでしたでしょうか?

中田崇志さんときに厳しく、レースでは勝つために駆け引きをして、視覚障害者の選手の伴走をされていました。

自身も、学生時代から独自の練習を積み重ねられました。
市民ランナーが集うロードレースで練習し、年間の出場数は40を数えたそうです。
その生きざまは、まさにマラソンの川内優輝選手に重なるようです。

 

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